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大阪地方裁判所 平成10年(ワ)3712号 判決 2000年9月19日

大阪府<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

松葉知幸

澤登

黒木理恵

東京都港区<以下省略>

被告

Y株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

榎本吉延

主文

一  被告は、原告に対し、金五五二六万円及びこれに対する平成九年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六三八〇万円及びこれに対する平成九年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告外務員らに勧誘され、商品先物取引を始めた原告が、右外務員らは、原告を執拗に勧誘し、商品先物取引に関する説明義務を怠るなどした上、被告外務員の一人が原告の交付した金員の一部を詐取したので、右外務員らの一連の行為は、一体として原告に対する不法行為を構成するから、被告は、民法七一五条により、使用者責任を負うと主張し、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、商品先物取引による損害等合計六三八〇万円及びこれに対する最後の不法行為の日である平成九年八月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  基礎となる事実(証拠を付さない事実は、当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告は、被告外務員から勧誘を受けた当時満六七、八歳の男性であり、従業員一名の工務店を経営していた。原告は、数回の株式現物取引の経験があったが、商品先物取引は今回が初めてであった。

(二) 被告は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所のほか、七か所の取引所に所属する商品取引員であり、顧客から委託手数料を得て、右取引所における上場商品の売買の委託を受け、自己の名をもって、委託者の計算において、右売買等の取引をなすことを業とする株式会社である。

原告が被告と取引を行っていた当時、B(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)、D(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)は、いずれも被告の登録外務員であり、Bは、被告心斎橋支店長であった。

2  原告と被告は、平成九年四月二八日、商品先物取引委託契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

被告は、本件契約時から同年一〇月六日までの間、本件契約に基づき、原告の計算において、別紙建玉分析表のとおりの先物取引を行った(乙一五・以下「本件取引」という。)。

3  原告は、被告に対し、本件契約に基づき、次のとおり委託証拠金を支払った。

(一) 平成九年四月二八日 二〇〇万円

(二) 同年五月九日 二〇〇万円

(三) 同月二三日 二〇〇万円

(四) 同年六月六日 四〇〇万円

(五) 同月一二日 五八〇万円

(六) 同月一六日 六〇〇万円

(合計二一八〇万円)

4  Bは、原告に対し、本件契約に基づく委託証拠金として被告に入金すると偽り、原告から、次のとおり金員の交付を受け、右金員を騙取あるいは横領した。

(一) 平成九年六月一九日 五〇〇万円

(二) 同年七月三〇日 五〇〇万円

(三) 同年八月四日 五〇〇万円

(四) 同月六日 五〇〇万円

(五) 同月八日 三〇〇万円

(六) 同月一一日 二〇〇万円

(七) 同月一八日 六〇〇万円

(合計三一〇〇万円)

三  争点

1  被告の原告に対する不法行為が成立するか。

2  右1が認められるとして、原告が被った損害額はいくらか。

3  被告は、本件取引によって原告に生じた損失と右2の損害額を清算処理することができるか。

四  争点に対する原告の主張

1  争点1(不法行為の成否)について

(一) 被告外務員は、以下のとおり、勧誘の段階から取引の段階まで一連の行為を行っており、その多くが商品取引所法や商品取引所の約定等に違反するものである。このような場合、右外務員らの一連の行為は一体として原告に対する不法行為を構成し、右外務員らの使用者である被告は、民法七一五条により、不法行為責任を負う。

(二) 勧誘段階の違法

(1) 不適格者排除原則違反

登録外務員は、顧客の勧誘に際し、顧客となろうとする者が商品先物取引の適格性を有するか否かを判断し、不適格者を取引に参入させないように配慮する注意義務を行う。

原告は、Bから委託証拠金名下に金員を詐取されたのであり、先物取引に関する知識から見て、明らかに商品先物取引の適格性を欠く者であった。Bら被告外務員は、原告が不適格者であることを認識しており、同人を先物取引に勧誘すべきではなかったのに勧誘した。

(2) 執拗な勧誘(受託業務管理規則<以下「管理規則」という。>五条、取引所指示事項<以下「指示事項」という。>、日本商品取引員協会が定める受託業務に関する規則<以下「業務規則」という。>五条違反。)

被告外務員は、平成九年四月頃から、原告に対し、取引勧誘の電話を執拗にかけ、原告宅を訪問したいと申し入れていたが、原告は、これを拒絶していた。原告は、同年四月二三日頃、Cからの勧誘の電話に対し、家に来ないよう述べたにもかかわらず、Cは、原告宅に押し掛け、先物取引をする意思のない原告に対し、先物取引を執拗に勧めた。

(3) 説明義務違反(指示事項、全国商品取引所連合会の定める受託業務指導基準<以下「指導基準」という。>1)

登録外務員は、商品先物取引の経験のない者に対する勧誘にあたっては、その投機性や仕組みを、その者が十分理解できるように、具体的かつ分かりやすく説明する義務を負う。

しかるに、Cらは、原告に対し、簡単かつ形式的な説明を行い、説明書を手渡したのみで右義務を怠ったばかりか、E及びBは、取引開始後、原告の再三にわたる説明要求にもかかわらず、十分な説明を行わず、あるいは、必要な追証拠金が一〇〇万円であるのに二〇〇万円であると告げ、また、「証拠金はいくら預けても全額返ってくる。」などと虚偽の説明をした。

(三) 取引継続段階の違法

(1) 無断取引と事後承諾の押し付け

原告は、平成九年四月二八日午前、Cの勧誘に対し、曖昧な返事をしたところ、CとDは、同日夕刻、原告宅を訪れ、原告名義で買建てを行ったと告げ、「キャンセルするなら責任を取ってもらわなければならない。」等と虚偽の説明を行って、原告に事後承諾を押し付けた。

また、右建玉が契約書作成前に行われたことは、書面交付義務(商品取引所法<以下「法」という。>一三六条の一九、同法施行規則<以下「施行規則」という。>四七条、受託契約準則<以下「準則」という。>三条)にも違反する。

Bは、各取引において、原告に対し、事後報告をすることもあったが、ほとんどは原告の意思と関係なく取引を繰り返しており、取引による利益も、原告に無断で委託証拠金へ入金していた。

(2) 証拠金に関する規則違反(法九七条、準則九条、一〇条違反)

商品取引員は、商品取引を受託するにあたっては、必要な委託証拠金全額を預からなければならず(法九七条)、新規委託者に対しては、証拠金を事前に徴求しなければならないことについて例外は一切認められていない。

被告の外務員らは、原告の平成九年四月二八日の建玉を始め、委託証拠金の入金がないにもかかわらず建玉を行っていた。

(3) 断定的判断の提供(法九四条一号違反)

法九四条一号は勧誘員の断定的判断の提供を禁止しているところ、被告外務員らは、原告に対し、「とうもろこしは必ず一万七〇〇〇円になります。」「絶対儲かります。」等と述べて、断定的判断を提供した。

(四) 取引終了段階の違法(仕切拒否)

原告は、平成九年八月頃、Bに対し、取引を止めたいと申し出たが、Bは、右仕切の指示に応じず、原告をして取引を続けさせた。

2  争点2(損害<返還>額)について

次のとおり、六三八〇万円が原告の損害額である。

(一) 委託証拠金入金額 二一八〇万円

(二) Bが詐取した金額 三七〇〇万円

(1) Bが原告から詐取した金額は、第二の二4記載の三一〇〇万円のほか、平成九年五月八日の二〇〇万円、同年六月二日の四〇〇万円を合わせた合計三七〇〇万円である。

(2) 平成九年五月八日の二〇〇万円について

原告は、次のとおり、Eに対し、平成九年五月九日のほか、同月八日にも二〇〇万円を渡している。

すなわち、原告は、同月七日、取引先であるFから、土地売買契約の交渉代金として同人に預けていた二〇〇万円を、売買契約不成立を理由として同人から返還されたところ、Eは、同日、原告に対し、追証拠金二〇〇万円が必要であると述べたので、原告は、同月八日、Eに対し、Bの名刺による預り証と引換えに右二〇〇万円を追証として交付し、さらに、同月九日に、原告が同日、幸福銀行から引き出した金員のうちの二〇〇万円を、新規建玉の証拠金として交付した。

(3) 平成九年六月二日の四〇〇万円について

原告は、次のとおり、平成九年五月三〇日に、Eに対し、同年六月二日に、Bに対し、各四〇〇万円宛を渡している。

同年五月三〇日の四〇〇万円は、原告がEから追証四〇〇万円が必要との連絡を受け、同日Eに対し、Bの名刺(甲一)と引換えに第一勧業銀行枚方支店から出金した中から交付したものであり、同年六月二日の四〇〇万円は、Bに対し、原告が同月二日に幸福銀行枚方支店から出金した中から同月六日の証拠金として交付したものである。

(三) 弁護士費用 五〇〇万円

3  争点3(清算処理の可否)について

Bは、被告に対する前記未入金分を原告から詐取したものであり、右金員は、委託証拠金ではないから、原告が被告に預託した委託証拠金二一八〇万円と合算の上、本件取引によって原告に生じた損失と清算処理することはできない。

五  争点に対する被告の主張

1  争点1(不法行為の成否)について

(一) 勧誘段階の違法

(1) 不適格者排除原則違反

商品先物取引における不適格者とは、指導基準によって定められた管理規則二条に記載されているが、原告は、そのいずれにも該当しないから、不適格者とはいえない。

(2) 執拗な勧誘

被告外務員が、原告に対し、執拗な勧誘の電話をかけた事実及び商品先物取引に興味がない原告を勧誘した事実はいずれも存しない。

Cは、平成九年四月二三日、原告の許可を得て、原告宅を訪問し、取引案内をした。その際、原告は、商品先物取引に興味を示し、約五〇分間、Cの説明を聞いている。

(3) 説明義務違反

Cは、平成九年四月二三日、原告宅を訪れ、約一時間にわたり、コーンの先物取引の仕組みのほか、証拠金、相場の動く要因、損益計算方法、新聞の商品取引欄の見方などを説明した。また、CとDは、同月二八日の本件契約時にも、原告に対し、「商品先物取引委託のガイド」等を使って、約二時間の説明を行っており、被告は、説明義務を尽くしている。

(二) 取引継続段階の違法

(1) 無断取引と事後承諾の押し付け

Dは、平成九年四月二八日午前八時頃、原告に電話をかけて、原告から頼まれていたコーンの値動きを伝えたところ、原告が「今日、契約するし、お金も用意する。」と言うので、コーン二〇枚の注文を受けたものであり、無断取引ではない。

原告は、被告からの残高照合通知書に対し、その内容を確認の上、すべて間違いない旨の回答をしているほか、担当者に不満を述べることがあっても、その後、担当者の求めに応じて委託証拠金を預託しているから、少なくとも本件取引を事後的に承諾しているということができる。

(2) 証拠金に関する規則違反

Dは、平成九年四月二八日、原告が委託証拠金を入れる前に建玉をしたが、これは、同日、原告から、委託証拠金の預託前に注文を受けたので、原告に対し、委託証拠金を入れてからにするよう話したところ、原告から、同日中に、契約もするし、入金もするからと説得され、やむなく受注したものである。

このように、顧客から委託証拠金を預託する旨の申出があり、その顧客の信用上、その申出が確実であると認められる場合には、事情に応じて例外的に取引を先行させ、証拠金の徴求を猶予するのは、むしろ、被告のリスクに基づき顧客のために便宜を図るものであるから、違法ではなく、これによって本件契約が無効となることはない。

(3) 断定的判断の提供

Cは、原告に対し、商品先物取引の仕組み等を説明した後、自己の相場観を伝えたにすぎず、Eも、原告から、相場の先行きや取引方法についてアドバイスを求められたので、これに応じたにすぎない。

また、大きな資金を必要とする取引につき、ただ儲かると勧誘しても顧客が直ちに応じることは社会通念上あり得ない。

(三) 取引終了段階の違法(仕切拒否)

そのような事実は存しない。

2  争点2(損害額)について

(一) 原告は、本件取引の結果、二六一七万八八二二円の売買差損を出し、右損失は原告に帰属するから、被告は、東京穀物取引所との間で、原告から預託された委託証拠金五二八〇万円(入金分二一八〇万円、横領分三一〇〇万円)と右損失を清算処理した。

したがって、被告は、原告に対し、清算処理後の委託証拠金残金二六六二万一一七八円の返還義務があるにすぎない。

(二) 平成九年五月八日の二〇〇万円について

原告がEに二〇〇万円を預けたのは、同年五月九日であり、同月八日には二〇〇万円の授受はない。

(三) 平成九年六月二日の四〇〇万円について

原告は、同年五月三〇日に、Bに対し、四〇〇万円を渡したのみであり、同年六月二日には、四〇〇万円の授受はない。

Eは、同年五月三〇日、原告宅を訪問しておらず、訪問したのはBである。その際、Bは、原告から、コーン四〇枚の買い注文を受け、四〇〇万円を手渡されたが、預り証を持参していなかったので、名刺(甲一)を交付した。Bは、同年六月二日、コーン五〇枚の買建を取り次いだところ、原告が注文したのは四〇枚であるとの苦情を述べたので、同月三日、一〇枚の決済をした上、同月六日、正式の預り証を持参し、右の名刺を返却してもらったのである。

3  争点3(清算処理の可否)について

Bは、証拠金名目で原告から三一〇〇万円の金員を詐取したのではなく、証拠金として預かった右金員を被告から横領した。被告は、原告から本件取引の注文を受けて実際に取引を行っているので、被告の原告に対する使用者責任を認め、右証拠金が被告に入金されたものとして処理することとする。

右横領の結果、無敷きのままで原告の取引を市場に取り次いだとしても、委託証拠金は商品取引員が委託者に対して取得する債権の担保のために預託されるのであるから、本件契約は有効であり、その効果が原被告に帰属することは判例法上も明らかである。

よって、被告は、右2(一)のような清算処理をすることができる。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一  第二の二事実に、証拠(甲一ないし一三、一四の1ないし5、一五ないし一八、乙一ないし七、八の1ないし9、九ないし一三、一四の1、一五ないし一七、一九の1、二二、二三、二五の1ないし14、二六、二八、二九、証人C、証人D、証人E、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、平成九年四月当時(以下、特に記載しない限りは、平成九年のことである。)、満六八歳の男性であり、原告のほか従業員一名のaの経営のほか、たばこの販売をし、右工務店等から年間約三六〇万円の収入と国民年金約八〇万円弱を得て生計を立てていた。また、原告の投資経験は、証券会社からの勧誘により、株式の現物取引を一、二回行ったことがあるのみであり、先物取引は、今回が初めてであった。

2  取引開始の経緯

(一) Cは、四月中旬以降、建設関係の名簿によってaを知り、その代表者である原告に対し、四、五回ほど電話をかけ、同月二三日には、原告宅を訪問して、先物取引を勧誘したが、原告は、いずれの勧誘に対しても先物取引を行う気はないと返答して、これを断っていた。

しかし、Cの上司であるDは、同月二八日の午前中、原告に電話をかけ、トウモロコシの値段は、現在一万五六八〇円であるが、一万七〇〇〇円には上がるので、絶対儲かると告げて、トウモロコシ二〇枚を買うように勧誘した。原告は、右勧誘に対し、「一万六〇〇〇円以下なら考えてもええなあ。」などと曖昧な返事をしたところ、Dは、夕方説明に行く旨を告げて電話を切り、同日、前場三節の取引において、原告名義でトウモロコシ二〇枚(一枚一万五六八〇円)の買建玉をした。

(二) DとCは、四月二八日夕方、原告宅を訪れ、原告に対して、「商品先物取引委託のガイド」(以下「ガイド」という。)及び準則等を示し、簡単な図を書いて、約一時間にわたり、先物取引の説明をした。しかし、原告は、十分に理解をすることができず、Dらに対し、具体的な例で分かり易く説明して欲しいと要望したが、Dらは、直ぐに分かるようになると言うのみで、原告が納得のいく説明をしなかった。その後、原告は、右ガイド等を読んだが、結局、先物取引の仕組み等について十分に理解することはできなかった。

また、Dらは、同日、原告に対し、原告名義でトウモロコシを一枚一万五六八〇円で二〇枚買建玉したと述べて、約諾書や同日付けの二〇〇万円の委託証拠金預り証を取り出し、契約締結の準備を始めた。原告は、建玉を承諾したつもりはなかったので、Dらに対し、右建玉のキャンセルについて尋ねると、Dらは、口頭でも契約は成立するからキャンセルはできず、仮にキャンセルするのであれば、責任を取ってもらう等と述べ、絶対に儲かるから大丈夫であると言い募ったので、原告は、やむなく右取引を承諾し、約諾書(乙一)に署名押印した。

右のような経緯であったため、原告は、同日、右二〇枚の建玉の証拠金二〇〇万円を準備しておらず、証拠金は同月三〇日に支払うことにし、同日付けの委託証拠金預り証は、Dらが持ち帰ることになった。

また、原告は、本件契約当時、特に二〇枚の建玉枚数を超えて取引を拡大させる意思はなかったが、同日、Dらに言われるまま建玉超過申請書(乙二)、預託特例申請書(乙三)に署名押印し、お客様アンケート(乙四)に記入した。右アンケートには、ガイド等については「これから読む」という項目に、契約については「十分説明を聞き、よく読んで理解納得してから」という項目にそれぞれ「○」印が付けられている。

(三) 原告は、同月三〇日、原告宅を訪れたCに対し、用意していた委託証拠金二〇〇万円を交付した。

3  取引の経緯

(一) Eは、五月九日、原告に電話をかけて、トウモロコシの値段が下落したので、このまま放置すると追証が際限なく発生するおそれがあると告げ、両建をするように勧誘したところ、原告は、損失を出したくないという気持ちから、これを承諾した。

そこで、Eは、原告から委託証拠金を徴求する前に、同日前場三節の取引において原告名義でトウモロコシ二〇枚(一枚一万四七八〇円)の売建玉をし、その後、残高照合通知書と二〇〇万円の委託証拠金預り証を持って原告宅を訪問し、原告から二〇〇万円を受領した。

(二) Eは、五月二三日、原告に電話をかけ、さらにトウモロコシの値段が下落したので、売りを二〇枚建てるように勧誘し、原告はこれを承諾したが、同日は週末なので、証拠金の入金は週明けにして欲しいと告げた。

Eは、同日後場一節で二〇枚を売建玉し、さらに、週明けの同月二六日、原告に承諾を得ることなく、値下がりによって利益の出ていた同月九日の売玉二〇枚を仕切り、前場三節で三〇枚の売建玉、後場三節で八枚の売建玉を行った。Eは、同日、原告から同月二三日の建玉分の委託証拠金二〇〇万円を受領するとともに、同月二六日付けの残高照合通知書を交付し、建玉の状況を説明した。

(三) EあるいはBは、五月三〇日、原告に対し、追証四〇〇万円が必要になったので昼頃に取りに行くと連絡した。そこで、原告は、同日、第一勧業銀行から五〇〇万円を払い戻し、そのうち四〇〇万円をBの名刺に記載された預り証(以下、Bの名刺による預り証を「名刺預り証」という。)と引換えにEあるいはBに渡した。その後、原告は、Bから、追証は取引所の管轄であり、名刺預り証を有していると、被告の預り証による被告からの返金と取引所からの返金が二重になるとの虚偽の説明を受け、Bの求めに応じて、同人に対し、名刺預り証の原本を返却した。

また、Eは、同月末日付けで転勤になったので、その後はBが原告に連絡を取るようになった。

Bは、六月二日、原告に対し、このままでは追証が際限なく発生するおそれがあると告げて、四〇枚の売建てを勧誘したので、原告は、これを承諾した。Bは、同日後場三節において、証拠金徴求前に右承諾に係る建玉を行ったが、建玉数を五〇枚と誤った。原告は、同日、Bが右建玉の委託証拠金の集金に来た際、五〇〇万円の預り証を持参したので、Bの右誤りに気付き、証拠金は四〇〇万円であると抗議した。するとBは、右建玉のうち一〇枚については、同月三日の前場一節において仕切り、損失が生じた場合には、被告が負担することを約したので、原告は、Bに四〇〇万円を交付した。

Bは、六月三日、前場一節において右の約束どおり、前日の買建玉のうち一〇枚を仕切り、同月六日、改めて右建玉の委託証拠金四〇〇万円の預り証を原告に交付した。

(四) 原告は、その後も六月一二日に五八〇万円、同月一六日に六〇〇万円を入金し、それぞれ六〇枚の売建玉を行ったが、Bは、右建玉とは別に、同月一二日に同月三日の仕切処分によって生じた一二万〇四一一円の、七月一日に同日及び六月二〇日の仕切処分によって生じた一五五二万四〇七〇円の、八月五日に同日の仕切処分によって生じた一〇一六万六五四八円の各帳尻益金を原告に無断で証拠金に振り替える等して原告名義の建玉数を増やし、その結果、原告の建玉は、一般に習熟期間とされる取引開始から三か月を経過した直後である七月三〇日には売玉二五〇枚、買玉三二〇枚の合計五七〇枚に、八月一一日には売玉四〇四枚、買玉二五〇枚の合計六五四枚になった。

そのほか、Bは、前記第二の二4のとおり、六月一九日から八月一八日までの間、被告に入金する意思がないにもかかわらず、原告に対し、委託証拠金として必要である等と申し向け、被告の正規の預り証ではなく、名刺預り証を原告に交付して、合計三一〇〇万円を詐取した。

(五) 原告は、八月初旬頃、Bが担当となって急に必要な証拠金が大きくなり、取引量も多くなったので、Bに対し、取引終了を申し出たが、Bは、今年はトウモロコシが豊作で絶対に値下がりするから、九月には一億円の儲けを出すと述べて、取引の継続を懇願したので、原告は、取引終了を思いとどまった。

Bは、八月一一日、原告に対し、トウモロコシはストップ安で必ず下がると言い、原告が反対したにもかかわらず、三四枚の売建玉をしたので、原告は、仕方なくこれを追認した。ところが、翌一二日、トウモロコシの値段が下がったので、Bは、原告に対して謝罪するとともに、追証が必要になったと告げた。

原告は、同月一八日、損が出てもよいので明朝すべての取引を清算して欲しいとBに告げたところ、Bから、六〇〇万円の追証を入れなければ何もできないと言われたため、原告は、同日、Bに対し、仕方なく六〇〇万円を交付するとともに、再度、これ以上の資金はないので取引を止めたいと強く申し入れた。

すると、Bは、九月末まで取引を継続すれば、右三四枚の建玉の弁償と一五〇〇万円程度の利益金を払うので、それまで取引を止めないで欲しいと懇願し、取引の終了に応じなかった。そこで、原告は、同月一九日、親戚を通じて被告の管理部に連絡し、同部所属の従業員が原告宅に調査に来た結果、Bが原告から交付を受けた証拠金の多くを被告に対して入金していないことが発覚した。

その後、原告の建玉は、一〇月六日までにすべて仕切られ、本件取引は終了した。

二  争点1(不法行為の成否)について

1  本件取引について

(一) 適合性の原則について

商品先物取引は、元本保証がなく、投機性が極めて高いので、外務員は、顧客勧誘にあたり、顧客の経験、資力、理解力等に鑑み、当該顧客が先物取引を行うに足りる適格性を有するかを実質的に判断し、適格性に欠ける者には先物取引に参加させないように配慮すべき注意義務があると解するのが相当であるところ、前記一の認定事実によれば、原告は、本件取引勧誘当時、満六七ないし六八歳と高齢であったこと、これまで株式の現物取引を数度行ったことがあるのみで、信用取引や先物取引の経験は全くなく、先物取引のような投機行為を好む投資傾向もなかったこと、原告の年金を含めた年収は四百数十万円程度にすぎず、ほかに特別の資産もなく、先物取引を行う資金的余裕や資産がなかったことに照らすと、原告は、先物取引を行う適格性を有していたとはいえないというべきである。

そして、前記一の認定事実及び前掲一の各証拠によれば、Cは、単に建設関係の名簿にaの記載があったというだけでその代表者である原告を勧誘しており、顧客カードに記載された原告の投資可能金額もおよそ適切な調査に基づくものとはいえず、DやCが原告の資力等について、実質的に調査を行い、同人の理解力等を確かめた上で取引の可否を判断した事実も認められないのであり、かえって顧客カード等にずさんな記載をしていたのであるから、同人らが、原告を勧誘する際、右注意義務を果たしたとはいえない。

したがって、被告外務員らの原告に対する勧誘行為は、適合性の原則に違反するというべきである。

(二) 説明義務違反について

外務員には、顧客勧誘に際し、商品先物取引の仕組み等についての説明義務が課されているところ(管理規則四条ほか)、先物取引の危険性、複雑性に加え、商品取引における委託者と受託者の知識、経験の圧倒的差異に鑑みると、被告は原告に対し、信義則上先物取引の危険性を十分説明すべき注意義務を負うと解するのが相当である。

しかして、原告は、商品先物取引の新規取引者であり、先物取引を行う十分な適格性を有していなかったことは、前記一及び二1(一)の認定事実記載のとおりである。加えて、前記一の認定事実によれば、Dは、原告に対し、具体的な説明を行う前である四月二八日、約諾書も委託証拠金も徴求せずに建玉をしたこと、C及びDは、同日夕方、原告宅を訪問し、先物取引の説明を行ったが、原告は、ガイドを見ながら、よく分からないと述べる等、先物取引の仕組みについて十分に理解していない旨表明していたこと、原告は、少なくともお客様アンケートを記入した時点では、ガイド等を読んでおらず、契約については、ガイドをよく読み、理解してから締結したいと表明していること、それにもかかわらず、Dらは、原告に対し、建玉をキャンセルすることはできないと告げた上、絶対儲かるから大丈夫である等と述べて、半ば強制的に原告に取引を開始することを決意させたことが認められるのであって、これらの事実に照らせば、C及びDは、原告に対し、先物取引の仕組み、危険性等について具体的かつ十分な説明をせず、原告が先物取引の危険性を理解する前に原告に取引を開始することを決意させているというべきであるから、同人らの勧誘行為は説明義務に違反するというべきである。

(三) 無断取引と事後承諾の押し付け等について

外務員は、商品先物取引に関し、顧客の自由な意思決定を阻害してはならない注意義務を負っているところ、前記一の認定事実によれば、Dは、四月二八日午前中、原告が明確に本件契約を締結する旨の意思表示をしていないにもかかわらず、約諾書や委託証拠金を徴求する前に建玉をしており、また、C及びDは、右建玉後、原告宅を訪問して、既に契約は成立しているからキャンセルできない旨を告げて、原告に本件取引を開始することを半ば強制的に決意させていることが認められるのであり、Dらは、右行為によって原告の自由な取引開始判断の機会を奪っているというべきであるから、同人らが右注意義務に違反したことは明らかである。加えて、契約開始時には、特に慎重に顧客の取引意思を確認すべきであるから、同人らの右注意義務違反は重大である。

また、Dらが、約諾書の徴求に先行して玉を建てることは、法九六条一項に依拠する準則三条三項、同条二項にも違反する。

これに対し、被告は、原告から、Dに対し、契約を締結するし証拠金も用意すると言われたので、約諾書の徴求に先行して玉を建てたものであり、むしろ原告のために便宜を図った旨主張し、D証人もこれに沿う証言をするが、前記一の認定事実によれば、原告は、同日午前の段階では、CやDから先物取引の具体的説明を受けておらず、証拠金の交付に建玉を先行させてまで取引を開始する意欲があったとはいえないから、被告の右主張は採用しない。

さらに、前記一の認定事実によれば、Cらは、「絶対儲かる。」といった断定的な言動をして、原告に取引を押し付けたほか、E及びBは、帳尻益金を原告に無断で証拠金に振り替え、あるいは証拠金不足のままで、新規建玉を行い、最大で建玉合計六五〇枚を超える取引を行い、原告が取引の終了を申し出たにもかかわらず、九月末まで取引を継続するよう懇願して、取引継続を承諾させていることが認められ、これに、原告が先物取引を行う適格性を有していたとはいえないことを併せ考慮すると、たとえ原告が事後的報告を受け、残高照合通知書に添付された回答書に署名するなどしたとしても、原告の資力等に照らして、不適切な程に取引量を増加させる結果を招いているといわざるをえず、これらの行為も違法性を有するとみるべきである。

(四) 以上によれば、被告外務員らは、顧客保護のための法的規制等を遵守し、商品取引に十分な知識・経験のない者が安易に取引に手を出すことがないよう、また、本人の予想しない大きな損害を被らせることがないよう努めるべき各種注意義務が課せられているにもかかわらず、規制遵守の精神に欠け、自らに課せられた注意義務に違反した違法な行為を多数行っており、被告外務員らの本件取引に関する一連の行為は、全体として違法であって、原告に対する不法行為を構成するというほかなく、被告は、民法七一五条に基づく使用者責任を負うと認めるのが相当である。

2  Bによる未入金について

被告は、Bは原告から金員を受領し、被告に入金しなかった場合でも、未入金分にかかる注文を証拠金不足のまま市場に取り次いでいるから、Bの右行為は、委託証拠金として預かった金員を被告から横領したものであると主張する。

しかしながら、前記一の認定事実によれば、Bは、未入金分に関してはすべて、原告から交付を受ける際に、正規の預り証ではなく、被告名義の名刺預り証を渡しているから、初めから被告に入金しない意思のもとにこれを受領したことが明らかである上、残高照合通知書(乙二五号証各号)及び前掲一の各証拠によれば、本件取引において未入金分に対応する建玉がないものもあるほか、最終的な証拠金不足は主に追証分であり、未入金分に近接する建玉に関しては、証拠金不足のまま放置されているのではなく、既存の建玉を仕切り、あるいは帳尻益金を振り替えることで手当がされていること、原告に継続的な証拠金不足が生じるようになったのは、平成九年八月以降であり、Bが未入金を開始した平成九年六月とは時期的なずれがあること等が認められるから、Bの右行為は、被告からの横領というより、原告から委託証拠金名下に金員を騙取した詐欺というべきである。

したがって、Bの右行為は、原告に対する詐欺による不法行為を構成し、かつ、右行為が被告の事業の執行につき行われたことは明らかであるから、被告は、民法七一五条により、Bの右行為により原告に生じた損害分についても、これを賠償すべき義務を負うと認められる。

三  争点2(損害額)について

1  取引によって生じた損害

(一) 原告は、被告に対し、委託証拠金として二一八〇万円を入金し、本件取引により二六一七万八八二二円の損失を出していることは当事者間に争いがないから、原告は、本件取引より、少なくとも二一八〇万円の損害を被ったことが認められる。

(二) ところで、前記一の認定事実によれば、原告は、商品先物取引を行うについて十分な適格性を有していなかったとはいえ、過去に株式現物取引の経験があり、自ら会社経営にあたるなど、先物取引について全く理解力がなかったということはできないこと、原告は、被告から交付されたガイドブック等を読んでも先物取引の仕組み等を十分に理解できなかったにもかかわらず、被告外務員に言われるままに委託証拠金を拠出し、本件取引開始を決断したこと、原告は、残高照合通知書や預り証から、帳尻益金が証拠金に振り替えられていること等、原告が承諾した内容とは異なる結果が生じていることを知り得、少なくとも損失が拡大していることは認識しており、かつ、早期に取引を中止する機会があったにもかかわらず、被告外務員らの言葉に引きずられて、取引継続を承諾していたことが認められる。

以上の点を考慮すると、原告にも本件取引における損害の発生、拡大につき過失があったといわざるを得ず、公平の観点から、原告の過失を三割として右損害額から控除するのが相当である。したがって、原告が、取引によって生じた損害のうち、被告に請求できるのは一五二六万円となる。

なお、原告は、本件取引は、Bによる証拠金の詐取という強い違法性をもった取引である旨を強調するが、本件取引自体による不法行為とBの詐欺による不法行為とは、区別して考えるべきであり、前者については、原告に過失がある限り、過失相殺をするのが妥当である。これに対し、後者については原告側に損害額の算定について斟酌すべき過失があったとは認めることはできない。

2  Bの詐欺により生じた損害

前記一の認定事実によれば、Bが、原告から詐取した金員は、原告、B間の授受につき当事者間に争いのない三一〇〇万円に加え、六月二日に交付した四〇〇万円の合計三五〇〇万円であることが認められるところ、右はBの故意による不法行為によって生じた損害であるから、右全額が原告に生じた損害ということができる。

この点、原告は、Eに対し、Bの名刺預り証と引換えに五月八日に二〇〇万円を交付しており、右二〇〇万円は、同月七日に土地取引が不成立となり、返金を受けた交渉代金であると主張するが、原告が同月七日に二〇〇万円の返金を受けていたとしても、当該金員がEに渡されたことを認めるに足る証拠はなく、本件記録を精査しても、原告が同月八日に被告外務員に二〇〇万円を交付したことを示す客観的な証拠がないことからすれば、原告の右主張は認めることができない。

また、被告は、Bが五月三〇日に名刺預り証と引換えに四〇〇万円を受領し、六月二日の五〇枚の建玉の証拠金としたが、右建玉は原告の注文より一〇枚多かったので、同月六日に一〇枚を仕切り、同日付けで四〇〇万円の預り証を原告に交付して、名刺預り証を引き上げたと主張するが、六月二日付け残高照合通知書(乙二五号証の4)によれば、同日の建玉分の証拠金は未だ入金されていないところ、Bが五月三〇日に証拠金を受領していたとすれば、右建玉の際に被告に入金せず、しかも、建玉数を間違ったというのは不自然であること、Bが名刺預り証を交付したその他の金員は一切被告に入金されていないこと等からすれば、五月三〇日に名刺預り証と引換えに被告側に渡った四〇〇万円が、六月二日付け建玉の証拠金に充てられたとは認められず、逆に六月二日の建玉の時点では、右証拠金は、未だ被告外務員に交付されていなかったこというべきであるから、被告の右主張は採用できない。

3  弁護士費用

本件の訴訟の専門性、難易度等に照らし、弁護士費用としては五〇〇万円を認めるのが相当である。

4  原告の損害額

右1ないし3によれば、原告の損害額は取引による損害一五二六万円、Bの詐欺による三五〇〇万円及び弁護士費用五〇〇万円の合計五五二六万円となる。

5  遅延損害金

前記一の認定事実によれば、原告は、八月一八日にBに対して六〇〇万円を交付した後、取引終了を決意し、以後は手仕舞いのために建玉の仕切処分のみを行っているから、被告外務員らの不法行為は八月一八日に終了したということができる。

したがって、原告は、被告に対し、本件取引に伴う不法行為に基づく損害賠償請求の附帯請求として、右同日から遅延損害金を請求することができる。

四  争点3(清算処理の可否)について

被告は、Bによる未入金分を委託証拠金と同視し、右金員と、本件取引によって被告が取引所に対して立て替えている金員とを清算処理をすることができると主張するが、前記一、二のとおり、Bによる未入金分は、Bが原告から騙取したものであり、右未入金相当額につき、原告は被告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権を有するということができるから、被告が、原告に対し、右立替金を別途請求することは格別、右未入金相当額を右立替金と清算すること、あるいは立替金債権を自働債権、右不法行為債権を受働債権として相殺することはいずれもできない。

第五結語

以上によれば、原告の本訴請求は、主文第一項の限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条本文を、仮執行の宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下寛)

<以下省略>

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